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マーラー:交響曲第7番 ~破壊の完成~
  


 一般的に“通向け”と呼ばれる第7番。何故人気がないかと言えば、一端はそのプログラムの難解さにあるのでしょう。マーラーは前作の6番で、「暗から明へ」のパラダイムを打ち壊しました。この7番では逆説的に「暗から明へ」の枠組みを使用することにより、旧世代のパラダイムを改めて破壊しています。これを踏まえないと軽薄とも取れる終楽章の突然の明るさが理解出来ないのです。7番終楽章でマーラーの示している“歓喜”は、この世の善性(とされるもの)の否定とも捉えられます。世紀末においては神も死に、善きものの定義は揺らいでいる。実に現代的で前衛的なコンセプトです。
 とは言え、これもあくまで一つの解釈に過ぎません。例えばパウル・ベッカーは1921年に

この第七交響曲が意味するものは、生への回帰であり、生成と存在の喜びに立ち返ることである。先に書かれた第五、第六、二つの交響曲の特殊な点は、個人のかかえた問題を先鋭化したことであり、世界との対立の中に置かれた個人に焦点が当てられていたことである。第七は、そのような対立のありようを解消している。個のあり方を、世界との関係の中へ位置づけ、表向きの矛盾対立を和解に導き、宇宙的な統一感を再び取り戻しているのが、この第七の世界なのである。個人の問題を扱った器楽交響曲から森羅万象の合一を目指す合唱交響曲へと橋渡しするのがこの第七である。」

と言っています。マーラーの魅力は解釈の多様性です。是非ともご自身の“7番論”を形成してみてください。


曲の概要

 「夜の歌」という副題が付くことがありますが、例によってこれもマーラーの指示ではないとされています。この副題は第2楽章と第4楽章が「夜曲 nachtmusik」と銘打たれていること、第4楽章までがロマン派的な“夜の世界”として感じられることから来ています。第7番はそのロマン派性ゆえに、「ロマンティック」の副題で呼ばれていた時代もあります。(ロマンティックというとどうも違った印象を持ちますが、ここでのロマンティックは「ロマン派芸術的なもの」というニュアンスです。なおロマン派芸術については坂崎乙郎著「ロマン派芸術の世界」なんかが分かりやすいです。)
 曲の特徴としては、珍しい楽器 (テノールホルン、ギター、マンドリン)と奏法(ホルンの特殊奏法、後のバルトーク・ピッツィカート)の使用などが挙げられます。この点でもこの7番が非常にロマン派的(ロマン派芸術は“異色”を重視します)、前衛的であることが分かります。
 幻想怪奇の神秘の森の、優しさとほんの少しの狂気を孕んだ音楽。そして天上の終楽章。味わい深い作品です。


 オットー・ルンゲ(1777-1810)

  カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ(1774-1840)

 ゴヤ(1746-1828) 「巨人」

第1楽章

 ほとんど現代音楽のごとき異色の音響の中、異色の楽器テノールホルンが吼える。マーラーは冒頭部分を「ここで自然が吼える」と語ったそうです。テノールホルンが消えると、皮肉な行進曲調になり、軽く高潮し、序奏が帰ってくる。序奏部分で暗示されていた断片が集まり、4度下降のホルンの斉奏で始まる第一主題となります。この主題は終楽章でも現われます。柔らかなヴァイオリンによる旋律が第二主題、アルマの主題と少し似ていますが、内省的でロマンティックなもの。第一主題と第二主題の性格・関係は第6番第1楽章第4楽章のものと同じですね。第一主題が皮肉に帰ってくると展開部。トライアングル、グロッケンシュピール、タンバリンの金属的な音が異色感を出します。いかにもマーラー的なものです。序奏が戻ってくると第一主題と第二主題が複雑に絡み合う、違和感のない融合は見事。
 突如静かになると「一時止揚」。第1番、第5番などを彷彿とさせるファンファーレが仄かに鳴り響きます。ここでも第一主題と第二主題が複雑に展開される。従来「一時止揚」は完全なもの・天国的なものでしたが、7番においてはどこか不完全。ハープのグリッサンドを合図に第二主題が伸びやかに歌われる。
 「一時止揚」はクライマックスを迎える寸前で、序奏のリズムに断ち切られる。この“阻害”は6番の第4楽章に似ています。テノールホルンにトロンボーンが絡む。舞い降りるように弦が鳴り出すと、序奏・第一主題・第二主題が展開される。基本的に第一主題→第二主題→第一主題の展開を採るが、主題間のボーダーは曖昧で、6番で見られたような主題間の抗争は聴き取れない。第一主題が勇壮に歌うと取ってつけたような歓喜の内に曲を閉じる。穴へ落ちるような下降が印象的。第6番第1楽章同様、これも「歓喜(明)」の逆説的な否定と考えられるでしょう。

第2楽章 「夜曲」

 この楽章は「夜曲」と題されています。魑魅魍魎の影が跋扈する、アリスの不思議な夜の森。「少年の魔法の角笛」第1曲<歩哨の夜の歌>との関連が見られます。導入はホルンの対話。この断片的な動機が主題となり展開されます。不穏に音楽が高まると、第6番のモットーが現われます。静かに奏される行進曲風の第一主題。第二主題はチェロによる爽やかな主題。第一主題をA、第二主題をBと捉えると曲の形式はABACABAと考えられます。第二主題が遠のくと、冒頭のホルンが戻ってくる。カウベルが「遠くから」バンダで鳴らされる。第一主題が再現される。骸骨の表象としても使われる、ヴァイオリンによるコル・レーニョ奏法が印象的。第2トリオCはオーボエによる歌謡的なもの。中間部では序奏の動機、モットー動機が爆発する。Cが消えると、ハープと木管、トランペットと木管による会話の後、第一主題が陽気に再現される。二回目のBではカウベルはオーケストラ内で鳴らされます。主人公は楽しい動物たちの世界へ、といった様子。最後のAでは再び第6番のモットーが現われます。ゴング、サンペンデッド・シンバル、ハープ、といった異色の音響で終幕。

第3楽章

 中央に位置するのはスケルツォ楽章。「影のように Schattenhaft」という指定があります。幽霊たちの音楽。
ティンパニ、低弦によって不吉にリズムが刻まれると、ヴァイオリンが中を旋回するように断片的に現われる。異要素の介入の中、木管に流れるような主題が歌われる。この2つの断片と旋律が自由に変形され、不気味な音楽を形成する。オーケストレーションの巧みさが窺い知れます。
 オーボエによる朗らかな旋律が流れるとトリオ部。不気味なヴァイオリンが寄り添い、明るい雰囲気はすぐに戻されてしまう。ところどころに第1楽章で見られた下降音形も現われています。音楽はいつも不自然に分断される。バルトーク・ピッツィカート、ティンパニの強打のすさまじい異化効果。音楽によるグロテスク表現の最高峰。リチャード・ダッド的。


リチャード・ダッド
「The Fairy Feller's Master Stroke 」


第4楽章「夜曲」

 異様に官能的なヴァイオリンの序奏に始まる、愛のセレナーデ。ABAの3部形式。ギター・マンドリンが使われるとあって、音量的に静かな木管・弦が、愛情をもって(amoroso)音楽を進めます。
 ヴァイオリンの序奏は頻繁に現われ、ユングハインリヒはこれを「詩人は語る」または「昔々あるところに」モティーフと読んでいます。ひなびた旋律を伴奏するギターやマンドリンは、中世音楽で主に使われた楽器です。そういった意味でマーラーはこの楽章で、過去の伝統をオマージュ、ないし皮肉っていると考えられます。
 第1部:Aではギターの伴奏を持つ、古風な旋律が変奏されていく。かなり異様な展開です。トリオ部(第2部:B)では、チェロが包み込むような主題を歌います。7番中での数少ない美しい場面。希薄になって、冒頭のモティーフが再現されると第3部(A')。自由なAの変奏。次第に音数が減っていき、クラリネットのトリルが死に絶えるようにesterbendで消えていく。

第5楽章 ロンド・フィナーレ






 問題の終楽章は、ティンパニの祝祭的な序奏で幕を開けます。ホルンとトランペットによるロンド主要主題は第1楽章の第一主題と関係しています。歓喜に満ちて終わる、かと思いきや不自然な変イ長調の和音につながり、そのまま優しい第1副主題へ。2度目のロンド主題の提示。落ち着きのある古風な第2副主題が一通り歌われると、3度目のロンド主題。この後も副主題→ロンド主題→副主題→ロンド主題・・・という流れを繰り返す。過去から現在にいたるまでの“典型的なもの”を寄せ集めて、意図的に矛盾するように再構築している、といった印象。典型的に“厳かな”フーガと典型的な打楽器のリズム、つぎはぎのロンド主題、副主題。
 最後のロンド主題からは鐘もカウベルも盛大にこれでもかと鳴らされます。世界はこんなにも喜びに満ちている!第1楽章第一主題が悠然と歌われると、音楽はクライマックス。ハリウッド映画ばりのクレッシェンドで“劇的に”完結。



 前楽章の終わりに「死に絶えるように esterbend」があることから、終楽章で表現されているものは天上の音楽だと考えていいでしょう(第2番の解説参照)。が、ここで表現されている音楽的な天上世界は、卑俗でオンボロでつぎはぎだらけで今にも崩れ去りそうな世界です。このような逆説を利用して、マーラーは前作で破壊した交響曲の伝統「暗から明へ」の枠組みを再び破壊したのです。

 交響曲、形式主義というものを徹底的に破壊したマーラーは、より普遍な、確かなものを追求していくようになります。8番、大地の歌と“普遍”を表現するための経験を積んで、生涯最後の完成作、9番にしてついに全人類普遍の表現に辿りつくのです…。


参考文献:
 ・Wikipedia - 交響曲第7番
 ・村井翔「マーラー」 ISBN:4276221889
 ・音楽之友社 マーラー ISBN:4276010411
 ・音楽之友社 こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲 ISBN:4276130727



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テンシュテット@LPO
★★★★★
やりすぎ感が堪らない一枚。7番はこれぐらいやってくれないと。



追加予定。


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