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美術展メモ

鑑賞した美術展の備忘録。



キスリング―モンパルナスの華 @府中市美術館







 往復運賃2,000円。台風一過の好天の中、横浜は東戸塚から遠路はるばる東京都府中市へ。お金で買えない感動を求めるのが芸術鑑賞だと自分に言い聞かせつつ…。

 モイーズ・キスリング(1891-1953)は「エコール・ド・パリ(パリ派)」の時代に活躍した画家です。国内のキスリング展は15年ぶり、ということから分かるように彼は有名な画家とは言えません。美術愛好家の中でも、キスリングの名を知っている人は少数でしょう。間違いなく偉大な画家であるはずのキスリングが、やもすると軽視されてしまうのは、彼の絵画の魅力がその“亜流性”にあるからなのかもしれません

 キスリングの画風は「エコール・ド・パリ」に活躍した画家――例えばアンリ・ルソー、ローランサン、藤田嗣治、モディリアーニら――の良いところを抽出したような画風です。キスリングが彼らの影響を受けていたことは、歴史事実からも、作品自体からも明白です(ちなみにキスリングは藤田嗣治に影響を受け、一時期髪型をおかっぱにしていたそうです)。

 アンリ・ルソーは原色豊かな神秘の森を、ローランサンは淡く儚い女性を、フジタは「乳白色の肌」を、モディリアーニは流線型の女性像を描き出しましたが、彼らと比較すると、キスリングの絵画は自己主張に欠けています。そして、自己主張に欠けるだけでなく、彼らの影響が如実に感じ取れてしまう…それゆえ“亜流”であり忘れられがちな画家なのでしょう。

 しかし単なるフォロワーでは、決してありません。キスリングは、エコール・ド・パリの代表的な画家たちの語法を援用し、かつ独自のエッセンスを溶かし込み、良い意味で優等生的な絵画世界を形成したのです。アンリ・ルソー、ローランサン、藤田嗣治、モディリアーニと言った歴々たる面々の良いところを抽出し、少々の自己主張を加え再構成した、エコール・ド・パリ愛好家には夢のような絵画と言っても良いでしょう。

 ではキスリング独自の自己主張・エッセンスとは何かと言えば、それは彼が描く女性の“眼”にあると私は感じます。これは観てもらった方が早いので作品をご鑑賞ください。






 








 この眼!鑑賞者の心象風景を、一瞬にして背景色に塗りこめてしまうような、魔術的な眼力があります。これは特筆すべき点でしょう。

 また、特に静物画に見られる、計算された鮮やかな色使いと官能的なマティエールも実に見事です。展覧会では色とりどりの魚を題材にした「ブイヤベース」という作品が圧倒的でした。


    『ブイヤベース』



 これらの作品を改めてみると、キスリングが一流の画家であったことが良く分かると思います。ふと、キスリングが亜流なのではなく、実はルソーやモディリアーニらが亜流だったのではないか…と考えてしまうほどです。…というか、そこんとこの真実はどうなんでしょう。私は美術史家ではないので詳しくないのですが、案外、本当はキスリングが“源流”なのかも知れません。

 そんなキスリング展、「キスリング?知らないよ」と言って見過ごすのは大いなる人生の損失。開催期間は11月18日までです、近郊の方は是非。


 ・府中市美術館  


2007年10月28日(日)




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